【ポリバレントなバランサー】フェルナンジーニョの経歴を徹底解剖

シャフタール・ドネツクやマンチェスター・シティで数々のタイトルを獲得しているフェルナンジーニョ。とくにペップ・グアルディオラ体制のシティでは替えがきかない選手になっています。この記事では、複数のポジションをこなすフェルナンジーニョのプレースタイルを徹底解説!また、フェルナンジーニョが現在の地位を築くまでのサッカー人生を振り返ります。最後には、フェルナンジーニョのブラジル移籍の噂など、今後のキャリアについて考察しています。縁の下の力持ちであるフェルナンジーニョの凄さが分かれば、サッカー観戦が今よりもっと楽しくなるはずですよ。

フェルナンジーニョのプロフィール

 

生年月日 1985年5月4日
国籍 ブラジル
出身 ロンドリーナ
身長 179㎝
体重 67㎏
利き足
ポジション MF
背番号 マンチェスター・シティ:25
ブラジル:17(コパ・アメリカ2019)
タイトル ・シャフタール・ドネツク
ウクライナ・プレミアリーグ:6回(2005-06、2007-08、2009-10、2010-11、2011-12、2012-13)
ウクライナ・カップ:3回(2008、2011、2012)
ウクライナ・スーパーカップ:3回(2008、2010、2012)
UEFAカップ:1回(2008-09)
・マンチェスター・シティ
プレミアリーグ:3回(2013-14、2017-18、2018-19)
EFLカップ:4回(2013-14、2015-16、2017-18、2018-19)
FAカップ:1回(2018-19)
FAコミュニティ・シールド:2回(2018、2019)
・ブラジル代表
FIFAワールドユース選手権:1回(2003)
コパ・アメリカ:1回(2019)
・個人
PFA年間ベストイレブン:1回(2018-19)

フェルナンジーニョの経歴

マンチェスター・シティで中盤を支えるフェルナンジーニョ。サッカー王国で育ったフェルナンジーニョは、毎年のようにタイトルを獲得する輝かしいサッカー人生を送っています。しかし「ミネイロンの惨劇」など苦汁をなめることもありました。キャリアの晩年を迎えたフェルナンジーニョはどんなサッカー人生を歩んできたのか。生い立ちから振り返ってみましょう。

サッカー王国で育ち、アトレチコ・パラナエンセでキャリアをスタート

フェルナンジーニョはドイツ人と日本人移民によって作られた街ロンドリーナで生まれました。ロンドリーナがあるパラナ州はサッカーの養成設備が多く、サッカー留学の受け入れが多い州としても知られています。そんな街で育ったフェルナンジーニョは、地元のクラブであるパラナ・サッカー・テクニカル・センターで技術を磨いていました。

2000年にパラナ州のクラブであるアトレチコ・パラナエンセのユースに加入。2002年にトップチームに昇格したところから、フェルナンジーニョのキャリアがスタートします。アトレチコ・パラナエンセでは元浦和レッズのワシントンらとともに躍動し、72試合14ゴールの記録を残しました。その後、ウクライナの強豪シャフタール・ドネツクへの移籍が決まり、主戦場をヨーロッパへと移します。

シャフタール・ドネツクで絶対的王者に

シャフタール・ドネツクはウクライナで圧倒的な強さを見せる強豪クラブです。フェルナンジーニョが在籍していた期間には、2009-10から2012-13まで国内リーグ4連覇、国内カップ3連覇という偉業を成し遂げました。国内では勝つのが当たり前のクラブで、フェルナンジーニョは着実に技術とメンタリティを磨いていきます。2008-09には現在のヨーロッパリーグの前身であるUEFAカップの制覇に貢献。さらに2010年のCLではグループリーグの首位突破、クラブ史上初のベスト8にも貢献しました。在籍約8年でリーグ184試合に出場して31ゴールを記録するなど、クラブの中心として牽引していました。とはいえ、ウクライナリーグのレベルは特別高いわけではありません。そのため、フェルナンジーニョはさらなるステップアップを目指して、惜しまれながらイングランドに旅立ちます。

マンチェスター・シティで唯一無二のプレイヤーへ

2013年に3,000万ポンドの移籍金でイングランドのマンチェスター・シティに加入すると、すぐに戦力として定着します。この時点ですでにクラブに欠かせない存在になっていたものの、2016年のペップ・グアルディオラ監督の就任によってフェルナンジーニョの名前はさらに広く知られるようになります。細かいパスワークでゲームを支配するペップのサッカーにおいて、フェルナンジーニョはバランサーとしての才能が開花します。ディフェンス時には中盤でボールを奪取し、オフェンス時にはビルドアップに参加しゲームを組み立てる万能型のフェルナンジーニョの存在は、ペップの戦術に安定感をもたらしました。2017-18シーズンにプレミアリーグ制覇に貢献すると、シーズン終了後に2020年までの契約延長を発表。今日までマンチェスター・シティに欠かせない選手として、確固たる地位を築いています。

マンチェスター・シティでのプレー集

ブラジル代表では悔しい思いも

フェルナンジーニョがはじめてセレソンのユニフォームを着たのは、2003年のU-20選出時でした。FIFAワールドユース選手権に出場し、決勝戦でゴールを決めて優勝に貢献しました。しかしその後はなかなかA代表に呼ばれません。8年が経ち2011年に念願のA代表デビューを果たすと、着実に戦力として定着していきます。2014年には自国開催のワールドカップに出場。ドイツ代表に7失点の大敗をした「ミネイロンの惨劇」でもスタメンとして出定していました。また、2018年のロシアワールドカップでは敗退の原因になるオウンゴールを決めてしまったり、優勝を果たしたコパ・アメリカ2019では出場機会が少なかったりと、ブラジル代表としては悔しい思い出も多いことでしょう。とはいえ、通算53試合に出場する功労者であることは間違いありません。カナリア色のユニフォームを着ているフェルナンジーニョが見られる機会は少なくなってきているので、目に焼き付けておきましょう。

フェルナンジーニョのプレースタイル・特徴

フェルナンジーニョはマンチェスター・シティでは中盤の底を担うことが多く、チームに安定感をもたらす重要な選手です。しかし、フェルナンジーニョの仕事には派手さがありません。そのため、フェルナンジーニョがなぜ評価されているのか分からない方も多いでしょう。そこでここからは、フェルナンジーニョのプレースタイルを4つのポイントから解説します。これを読めばフェルナンジーニョがヨーロッパで活躍し続けられる理由が分かりますよ。

広大な守備範囲

フェルナンジーニョは広い守備範囲が特徴的です。フェルナンジーニョがプレーすることの多いボランチ(アンカー)の基本的な役割は、相手がアタッキングサードに侵入する前にプレスをかけること。DFの前の最初の壁として相手に立ちはだかります。しかしフェルナンジーニョはそれだけでなく、ピッチ上のあらゆる場所で相手にプレッシャーをかけます。ときには相手陣地で、ときにはタッチライン際で献身的なプレーができる選手です。フェルナンジーニョといえば、カバーリング能力の高さも魅力です。CBがサイドに動いたときなどに穴ができないようにポジションを埋める目立たない役割もこなしています。広範囲のプレスとカバーリングをするには、かなりのハードワークが必要です。90分間ハードワークを続けられることも、フェルナンジーニョが信頼されている理由の1つでしょう。フェルナンジーニョは広大な守備範囲によってチーム全体のバランスを整え、攻守ともに安定感を与えてくれます。

様々なポジションが可能

フェルナンジーニョはさまざまなポジションでプレーできる「ポリバレント」なプレイヤーです。実際、アトレチコ・パラナエンセ時代にはサイドバック、シャフタール・ドネツク時代には7番として今よりも前でプレーすることもありました。マンチェスター・シティに加入してからもセンターバッグでプレーしており、ペップ・グアルディオラも「10のポジションができる選手」と絶賛しています。ただ、複数のポジションができる選手はサッカー界にはたくさんいるでしょう。しかし、ペップのもとで複数のポジションができていることに着目してみてください。ペップのサッカーではオフェンスもディフェンスもかなり緻密なポジショニングを求められます。たとえば、ビルドアップ時にはCBが開いてボランチが中央に下りたり、攻撃時には常に複数の三角形を作るポジショニングが必要になったりします。そのため、通常のCBやボランチというだけではなく、高度な戦術理解のもとで複数のポジションができるフェルナンジーニョは、唯一無二の存在だと言えます。

鋭い読みによるポジショニング

フェルナンジーニョは危機察知能力が高く、相手のオフェンスの起点となる場所を読んでポジションをとります。そのため、ボールが入った相手にすぐにプレスに行って、攻撃の芽を摘めるのです。ただし、このポジショニングは必ずしもフェルナンジーニョ自身がボールを奪うわけではありません。フェルナンジーニョが埋めたポジションを使えなくなった相手ボールホルダーの判断が遅れたところを、他の選手が奪いに行くケースも多くあります。これこそが、試合を見ていてもフェルナンジーニョの活躍に気づきにくいポイントです。フェルナンジーニョの危機察知能力によるポジショニングは、目立たないときほど活躍しているとも言えるでしょう。もし今後の試合でフェルナンジーニョの存在感が薄いと感じたら、ボールだけでなくマークの動きにも注目してみてください。他の選手がボールを奪えた理由がフェルナンジーニョのポジショニングにあるかもしれませんよ。

「基礎」を極めた安定感

フェルナンジーニョがバランサーと呼ばれる理由は、基礎技術の高さにもあります。フェルナンジーニョには、南米独特の派手さはありません。しかし、パスやトラップなどの基礎技術がとても高く、ミスをしないプレイヤーです。マンチェスター・シティはデブライネやダビド・シルバ(2020年に退団)などパスのスペシャリストがいます。そのため、フェルナンジーニョは試合を決定づけるラストパスよりも、組み立てるショートパスが多くなります。相手の隙を探しながらボール保持を続けるためには、芸術的なパスができる選手だけでなく、基本的なパスをミスしない選手が重要になるのです。フェルナンジーニョの目立たないショートパスからデブライネがゴール前に供給し、ゴールにつながるシーンも幾度となく見てきました。また、フェルナンジーニョはシュートセンスも抜群です。相手DFの視線が他の選手に集まったときには、自ら隙をつくロングシュートを打ちます。実際、フェルナンジーニョは2005年と2019年を除くすべてのシーズンでゴールネットを揺らしています。パスやシュートなどの基礎を極めたことによる安定感が、フェルナンジーニョの魅力です。

フェルナンジーニョの今後について

マンチェスター・シティでは、ベテランの域に達したといわれるフェルナンジーニョの今後の活躍について言及する。

古株としてマンチェスター・シティを支える

2013年にマンチェスター・シティに加入したフェルナンジーニョは約300試合に出場しており、ペップやチームメイト、クラブからの信頼が厚いことは間違いないでしょう。ペップ体制でのマンチェスター・シティは、長い間フェルナンジーニョに依存していました。実際、フェルナンジーニョがいない試合では、守備が乱れることも多くありました。そのため、マンチェスター・シティはフェルナンジーニョの後釜探しに必死になっていたようです。しかし、2020年10月の離脱時には今までのような守備の乱れは見られず、クリーンシートで終える試合も多くなっています。その要因の1つがロドリとルベン・ディアスのフィットでしょう。2人が安定感をもたらすことで、フェルナンジーニョ依存という問題を解決したのです。とはいえ、フェルナンジーニョの役目がなくなったわけではありません。怪我から復帰後はスタメンに復帰し、今まで通り縁の下の力持ちとして躍動しています。シティがコロナウイルスのなか記録的なシーズンを過ごせているのは、フェルナンジーニョのようなベテランが支柱となっているからでしょう。今後も貴重な戦力として、CL制覇への貢献に期待がかかります。

ブラジル代表としては厳しい立ち位置

2011年からブラジル代表として活躍してきたフェルナンジーニョですが、近年は新戦力の台頭により出場機会を得られていません。メンバーに選出されることは多いものの、途中出場が基本となっています。2019年にはコパ・アメリカを制したものの、チームの中心として貢献したとは言い切れないでしょう。年齢的にも次のワールドカップがラストチャンス。現時点では当落線上にいるため、まずはクラブで活躍してメンバーに選出されることが重要です。

マンチェスター・シティ退団が濃厚

フェルナンジーニョとマンチェスター・シティとの現行契約は2021年の6月までとなっています。契約満了後の去就にも注目が集まっていますが、現時点では退団が濃厚とされています。フェルナンジーニョ自身も退団の意向を固めたことを友人に伝えたそうで、母国ブラジルのクラブやシティグループのニューヨーク・シティFCでプレーする可能性が高いとのことです。キャリアの晩年を迎えたフェルナンジーニョが母国での引退を視野に移籍をするのは不思議なことではありません。とはいえ、サッカー界の移籍の噂は最後まで噂レベルで終わることも多いので、マンチェスター・シティ残留の可能性もゼロではないでしょう。シーズン終了後の動向に注目です。

まとめ

マンチェスター・シティのフェルナンジーニョを紹介しました。30代後半に差し掛かるフェルナンジーニョは、ブラジルやMLSへの移籍が噂されています。そのため、ヨーロッパの大舞台で躍動するフェルナンジーニョが見られる機会は残り数試合かもしれません。マンチェスター・シティでのラストイヤーでのCL制覇に期待したいところです。クラブの功労者であるフェルナンジーニョの姿を目に焼き付けておきましょう。