天才肌のレフティ・天野純のプレースタイルを解説「相手にとって怖い選手になる」決意とは

一発のパスで局面を変えるテクニシャンで、正確無比な左足のキックを誇ります。現在、フリーキックでは国内屈指の名手と言えるでしょう。

あまじゅん、AJなどとサポーターからの人気も高い選手で、ピッチを離れるとつかみどころのない天然キャラで変わり者という評判です。

しかし高校からのプロ入りかなわず、大学を経て入団したものの細身の身体でなかなか試合にも出られませんでした。そこから一念発起して、自身の課題と向き合い道を切り拓いてきた選手でもあります。

巧いだけの選手から、相手にとって怖い選手になる、そのためにプレースタイルをより攻撃的なスタイルに進化させる天野選手の魅力に迫ります。

天野純のプロフィール

生年月日 1991年7月19日
国籍 日本
出身 神奈川県三浦市
身長 175㎝
体重 67㎏
ポジション MF
背番号 14
タイトル 高円宮杯全日本ユース(U-18)
サッカー選手権大会(2009年・横浜FMユース)
SNSアカウント Twitter:https://twitter.com/amano719
Instagarm:https://www.instagram.com/amanojun/

天野純の経歴

横浜FM下部組織から、順天堂大学へ

神奈川県にある三浦半島、南部の三浦市出身。幼稚園からボールを蹴り始め、小学校2年には、横須賀にある横浜F・マリノスプライマリー追浜に所属していた天野純選手。その後、順調にジュニアユース追浜、ユースと横浜FMの下部組織で育ち、高校3年時の2009年、中心選手としてユース日本一にも輝きます。

しかしこの年のチームからトップに直接上がった選手はいませんでした。1歳下にはユース最高傑作、天才と謳われた小野裕二(現・G大阪)がいて、1歳上にも高校時代からトップの公式戦に出場経験のある端戸仁(現・東京V)や齋藤学(現・名古屋)らがいました。

順天堂大学に進学した天野選手は、そこで大学ナンバーワンレフティとしての地位を築き4年時には、複数のJ1クラブからオファーを受けるほどに成長しました。その中で、大学を経由したものの、「マリノスでプロになる」という子供のころからの夢をかなえたのです。

横浜F・マリノス レギュラーとして頭角を現すまで

入団した2014年、天野選手の課題は明白でした。身体が細くて、とてもJ1レベルの屈強なDFと渡り合えるようなフィジカルではありませんでした。さらに同ポジションには、前年リーグMVPを獲得した円熟期のレジェンド、中村俊輔選手がおり、2年間、ほぼ試合に絡めない日々が続いていました。

肉体改造、体幹強化にも取り組んだ末に、主力選手の怪我を受けて出場機会をつかむと、16年シーズンの天皇杯で新潟戦、G大阪戦といずれも終了間際にド派手な決勝点を叩き込み、徐々に中心選手として頭角を現していきました。

キャプテン就任、背番号10。そしてベルギーへ

2017年にはリーグ戦33試合に出場するなどレギュラーに定着。18年、日本代表初選出、さらに2019年には背番号10を襲名し、キャプテンにも就任しました。

アンジェ・ポステコグルー監督の体制となって2年目のチームは、開幕から上位争いを続けていましたが、好調の裏側で天野選手がスタメンを外れることが増えてきました。新加入のブラジル人、マルコス・ジュニオール選手がウィングではなく中央、つまり天野選手の本来のポジションでプレーするようになってから、チームの調子が上向いたためでした。

それでも出場した試合では存在感を見せていたそんな折に、ベルギー2部・ロケレンからのオファーが届きます。キャプテンという立場ではありましたが、年齢的にラストのチャンスかもしれないという思いから、熟慮の末に移籍を決断したのでした。

ベルギー2部は、J1の下位レベルなどと比較されることがあります。天野選手のテクニックは欧州でも十分に通用して、レギュラーとして活躍していたのですが、チームがまさかの破産状態に。さらに新型コロナの影響でリーグ戦再開の目途も立たないことから、渡欧半年あまりで日本に戻ることになりました。

 志半ばで帰国 横浜F・マリノスで見せた成長の跡

コロナのこと、クラブの財政のことはあまりにも不運だったというしかありません。天野選手のプレーが通用しなかったわけではないのです。それでも悔しさを胸に、天野選手は成長した姿を日本で披露しています。

とくに変わったのは攻撃面。これまではトップ下で、最前線のストライカーにラストパスを送ることが多かった天野選手が隙あらばどんどん相手ゴールを脅かすようになりました。

2021年、開幕当初の天野選手はレギュラーではなく、ベンチからスタートする試合が多くなっていますが、常に準備は怠っていません。コンディションも好調をキープしています。海外で味わった悔しさ、成長を見せるのはこれからが本番です。

日本代表、返り咲きを狙って

2018年のキリンチャレンジカップで初めて日本代表に選ばれました。親善試合のコスタリカ戦に出場しましたが、翌月は海外組から多く選ばれたこともあり落選。その後は森保監督からのお呼びはかかっていません。

ただし2021年、新型コロナの影響でまだまだ海外組の自由な行き来は厳しいのが現状で、日本およびアジア近隣諸国で試合を組む場合にはJリーグで結果を残している選手にチャンスが与えられる機会は多くありそうです。実際、3月のW杯予選ではチームメイトの松原健選手が7年ぶりの代表復帰を果たして、試合でもいいプレーを見せました。こうした事例も、刺激になっているはずです。

天野純のプレースタイル・特徴

虹をかける! 美しい左足のフリーキック

天野選手の応援歌には「横浜に虹をかけろ」という歌詞があります。彼が左足から繰り出すフリーキックの軌道は、半円の弧のように美しい虹そのものです。

横浜FMでフリーキックの名手と言えば、中村俊輔選手を思い出す方も多いはずですが、同じ左利きで、下半身を傾けた蹴り方も似ているために何かと比較されてきました。実際にチームメイトだった際には、俊輔選手に蹴り方の手ほどきを受けたそうで、キックフォームが似て「後継者」と呼ばれる原因の一つと言えそうです。

東口、曽ヶ端など代表クラスの守護神からも直接フリーキックを決めています。「俊さん(俊輔選手)の影響を受けていないと言ったらうそになる。もっと左足一本で試合を決められるように」と大先輩に追いつき、追い越すことを狙っています。

流れのプレーでも見せる、極上アシスト

正確な左足のキックがあるゆえに、トップ下としてラストパスにもこだわってきた天野選手。(このあたりも中村俊輔選手とかぶっていますね)

一瞬のひらめきと、正確なパスで味方の決定機を演出できるのが、彼の最大の魅力です。

ぜひ見ていただきたいのは、2021のJ1リーグ戦、札幌で見せた極上のアシストです。後半の残り時間が少なくなる中で同点に追いつくという価値も高かったのですが、身のこなしと判断、そして左足のアウトサイドで蹴ったこのパス。札幌のDFから逃げていく方向に回転をかけて、中に走り込んだオナイウ阿道選手の足にピタリ。芸術的なパスと海外でも話題になったそうです。

強くて巧い、そして怖い選手へ パサーからの進化

天野選手の印象が変わった。2020年夏に、コロナの影響もあってベルギーから帰国してきた天野選手が見せたプレーにいい意味で驚いたファンが多かったのです。

それは渡欧前には少なかった自らが突破して、試合を決めきってやろうという強い気持ちでした。実際に帰国直後のリーグ戦、湘南戦でも1点をリードされた後半に出場すると、短時間で同点、逆転ゴールをたたき込みます。とくに2点目は、独力でこじ開けてのスーパーゴールでした。

パスを選択することが悪いわけではありません。ゴールにつながる確率が高いプレーを選択するのは当然ですし、天野選手のように周りがよく見えている選手にはいつも複数の選択肢があるのです。しかし、彼がベルギーで痛感したのは、トップ下であってもFWの選手と同じように、ゴールに直結する仕事ができるかがすべてということ。

チームの勝利も大事、だが自分が試合でどんな爪痕を残したかは、ゴール。アシストも評価はされるが、やはりゴール。彼自身のサッカー観を揺さぶるような経験をして、今のピッチに立っているのです。

トップ下、ボランチ 横浜のセンターにアマジュンあり

司令塔。天野選手がこだわってきたポジションはやはりトップ下のポジションです。ただし、一列後ろのボランチでの出場機会もあり、そこでは守備にも奔走しつつ攻撃時には大胆にオーバーラップというシーンも見せています。

2018年にアンジェ・ポステコグルー監督が就任した当初は、攻撃的なMFを2名置くフォーメーションが多く見られましたが、現在は1名のみにして、その分守備的MF(ボランチ)を2名に増やしています。

ウィングプレーヤーのスピードを生かすためにも、天野選手や扇原選手のように長く正確なボールを蹴れる選手の役割は重要です。

優れた選手が多数いる激戦区のポジションですが、サポーターからの人気も高い天野選手には横浜FMの中央(センター)が、よく似合います。

天野純の今後について

横浜F・マリノスでのレギュラー争い

2019年の夏に天野選手がベルギーに旅立ってから、トップ下のポジションに君臨したのはマルコス・ジュニオール選手でした。ずば抜けた周囲を生かす力と、一昨年の得点王にも輝いた抜群の決定力を誇るマルコス選手の存在は絶対的とも言えるほどです。さらにオナイウ阿道選手もトップ下適性を示していて、いいプレーを見せています。

ボランチにも喜田拓也、扇原貴宏、渡辺皓太、和田拓也がライバルとなります。より守備対応での手堅さが求められるポジションでもあり、扇原選手と併用した場合には左利きのボランチを2枚並べるのか、という相性もあります。

ただし、マルコス選手や喜田選手は開幕前あるいは直後に怪我をして戦列を離れる期間があったため、天野選手としては巡ってくる出場機会でゴールやアシストにどれだけ関与できるかが、レギュラー奪回のポイントとなるでしょう。

海外移籍の可能性と代表復帰

2018年、日本代表としてキリンチャレンジカップ1試合に出場した天野選手ですが、その後の招集は今のところありません。層の厚い2列目には、堂安や久保建英など10歳近く年下の選手も欧州で結果を残していますので、代表復帰は容易ではないでしょう。

また海外移籍についても2年前のオファーを受けた段階で「年齢的にラストチャンスかもしれない」と自身で語っていました。今年の夏に30歳になるタイミングを考えると、渡航もままならない海外移籍を狙うことそのものがリスクが高くなっています。

「それよりもまずタイトルを奪い返したい」天野選手は、2年前のリーグ優勝時にチームを離れていたことから、タイトルの獲得に飢えています。