Jリーグ最高のCB、FC東京森重真人の経歴・プレースタイルを解説

2014年ブラジルワールドカップで活躍した森重真人選手は海外移籍するに値する選手でしたが、国内に留まりJリーグ最高のセンターバックとして日本代表へ常に待望論が挙がる選手です。大分トリニータに入団してからFC東京の守備の要として君臨しています。そんな森重真人選手のアンカーもこなすポジションやプレースタイル、キャリアを紹介していきます。Jリーグでの獲得タイトル数はチームでも個人でも現役選手ではトップクラスを誇ります。ベテランですがプレーに限りは見えず年々成熟したプレーヤーに成長しているように感じます。

森重真人のプロフィール

生年月日 1987年5月21日
国籍 日本
出身 広島県広島市安佐北区
身長 183㎝
体重 79㎏
利き足
ポジション DF
背番号 FC東京:3
タイトル ・大分トリニータ
Jリーグカップ:1回(2008年)
・FC東京
J2リーグ:1回(2011年)
天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会:1回(2011年)
スルガ銀行チャンピオンシップ:1回(2010年)
Jリーグカップ:1回(2020年)
・日本代表
東アジアカップ:1回(2013年)
個人
Jリーグベストイレブン:5回(2013年、2014年、2015年、2016年、2019年)
Jリーグ優秀選手賞:8回(2008年、2013年、2014年、2015年、2016年、2018年、2019年、2020年)
SNSアカウント インスタグラム:https://www.instagram.com/masatomorishige/?hl=ja
Twitter:https://twitter.com/morigekun3

森重真人の経歴

Jリーグ最高のセンターバックとの呼び声も高い森重真人選手の経歴を振り返っていきましょう。

サンフレッチェ広島ユース黄金期に昇格を逃す

広島市西区三篠町生まれ。3人兄弟の次男。兄の影響により、8歳(小学校3年生)の時にサッカーを始め少年サッカーの強豪広島高陽FCに所属し全国大会に出場した。中学時にはサンフレッチェ広島ジュニアユースに所属。同期には槙野智章選手、左山晋平選手らがおり、当初はFWで槙野と2トップを組んでいたが、3年生になる頃、監督の月岡利明と上野展裕によって前のポジションをやるにはスピードが足りないという理由で守備的MF(ボランチ)にコンバートされ主力として活躍した。しかし、ユースの昇格は逃し、広島県のサッカー名門校である広島皆実高校に進学。1年生の頃から守備的MFとして試合経験を重ね、2年生以降は中心選手として活躍し、U-17日本代表に選出されています。槙野智章選手、森崎兄弟、青山敏弘選手、柏木陽介選手ら同世代のタレントの宝庫だったサンフレッチェ広島は森重真人選手にオファーを出さず、現在監督を務める片野坂知宏スカウトが声をかけ大分トリニータに入団しました。このサンフレッチェ広島の判断は間違っていたといえるでしょう。

大分トリニータでセンターバックに転向

2006年に大分トリニータへ入団。ボランチの選手としてプロ入りしたが、大分の監督だったシャムスカはフィジカルと空中戦の強さを高く評価されていた森重をセンターバックとして起用。。2007年シーズン後半より大分でのスターティングメンバーに抜擢され、最終節の対アルビレックス新潟戦ではプロ初得点を挙げJ1の20試合に出場しました。

2008年からは3バックの中央で定位置を確保するとボランチとして養った守備の判断力と攻撃のセンスを発揮し、急成長。このポジションについて本人は「試合の流れを見て、読んで、相手のボールを奪う。先読みしてコースに入ってインターセプトしたり…というのが、自分に備わっている(ため合っている)」とコメント。大分のナビスコカップ優勝にも貢献。リーグ戦最小失点となる堅守を築いた一方でラフプレーが多く、リーグ戦では11枚ものイエローカードを受けており、カードの多さについては本人も課題に挙げていたものの、若くて攻撃的な勢いのあるセンターバックとして評価を高めています。

FC東京で守備者として完成形へ

2009年のシーズン終了後大分トリニータのJ2降格や深刻な経営難が表面化したため移籍を決意。川崎フロンターレや浦和レッズとの競合の末、FC東京に移籍しました。移籍金は1億円と言われています。

FC東京では、主に4バックの右CBに入り今野泰幸選手とコンビを組んでいたが、新人で後に韓国代表の軸になるキム・ヨングン選手のCB起用が増えるのに併せて層の薄いボランチに配される機会も多かった。湘南監督の反町康治からは「ボールを動かす力があるし、ドリブルでひとつ持ち運ぶことができる。」、LDUキト監督のエドガルド・バウサから「ディフェンスをしながら攻撃にも参加するという二重の役割をよくこなしていた。」と、敵将から高く評価される選手でした。

2011年からは、大熊監督より「遊びで蹴っているのを見たら明らかに(チームで)一番うまい」とフリーキックのキッカーに指名され地道なステップワークの練習を重ねるなど ラフプレーの改善に取り組み、出場停止を1試合にとどめチームでの公式戦最多出場を記録。2012年は今野の退団もあり、DFリーダーとして最終ラインを統率。前年に続いて公式戦チーム最多出場。2013年より監督のランコ・ポポヴィッチに指名され、主将を務め初のベストイレブンに選出2014年は、世界仕様に近付くために激しさと緻密さを磨き、DF勢で最多得票を集め2年連続でのベストイレブン選出。2015年はJ1での自己最多得点を記録。昨年に続き、DF勢で最多得票を集めたうえで、3年連続でのベストイレブン選出。2016年サガン鳥栖から移籍金3億円、中国クラブから6億円でオファーが届いていますが、FC東京に残留しました。2016年もキャプテンとして安定したプレーを行った。ACLではセンターバックながら1試合2ゴールも記録。4年連続でのベストイレブンを受賞。2018年からはキャプテンの座を譲ったが、長谷川健太が監督に就任したチームの要として活躍、2019年には自身初となるリーグ戦全試合出場を達成した。2020年は橋本拳人の移籍で空いたアンカーのポジションでも起用されプレーの幅を広げています。

Jリーグでの評価に見合わない日本代表での低評価。

2006年10月にはAFCユース選手権2006日本代表に選出され、日本の準優勝に貢献。

2008年2月には飛び級で]U-23日本代表に選出。トゥーロン国際大会でアピールに成功し、同年開催の北京オリンピックメンバーにも選出され、グループリーグ全3試合に出場。9月29日にA代表に選出。監督の岡田武史からは「球出しのセンスがあり、ボール際もかなり戦える」と評された。2013年、7月には東アジアカップ2013の日本代表に選出され、2009年1月以来約4年半ぶりにA代表復帰。同月21日の中国戦で国際Aマッチ初出場を果たした。韓国戦では跳躍力を活かした空中戦やビルドアップで出色の活躍を見せ日本の同大会初優勝に貢献し監督のアルベルト・ザッケローニからの評価 を高め、2014年6月開催のW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された。硬直化していた守備陣の中で 力強さと配球力を発揮して 主力を脅かす存在となり、本大会第1戦コートジボワール戦ではフル出場。しかし懸命に体を張った守備も及ばず逆転負けを喫した。第2戦・第3戦は出場機会が無く、グループリーグ敗退。敗因の一つにはザッケローニ監督の森重真人選手の抜擢が遅すぎたとの批判もありました。2015年、同年8月の東アジアカップでは、日本代表の主将を務めました。

森重真人のプレースタイル・特徴

センターバックからボランチまでこなす守備職人のプレースタイルを紹介します。

対人守備の匠

元々身体能力が高くフィジカルを活かした1対1の強さを武器としています。年を重ねるごとに守備の技術が向上してフィジカル任せのラフプレーが減り、力ではなく経験から来る予測や技術で対人守備能力を向上させ2019年のJ1リーグにおいて、対峙選手にドリブル突破された回数が1回という驚異の数字をたたき出しています。相手が創造性を発揮する間を与えない隙の無い守備をします。

正確無比なキック精度

ビルドアップ能力が高く、2014年アギーレ監督の日本代表初陣でアンカーで起用され、リーガエスパニョーラで通用すると太鼓判を押されています。ボールを性格に回し、ロングフィードで局面を変えるだけではなく、勝負所を見極めて突き刺すような縦パスを出すことが出来ます。育成年代ではフォワード、ボランチとして育ったため攻撃性能、ビルドアップ能力も素晴らしいセンターバックです。

セットプレーでの異常な強さ

ディフェンダーながらJリーグ通算で34得点を記録している森重真人選手はセットプレーの達人でもあります。直接フリーキックではキッカーとして得点を重ね、関節フリーキックやコーナーキックではターゲットとして多くのゴールを記録しています。落下地点予測が早く背筋が強いため空中戦で先にポジション取りを制してゴールマウスの中にボールを叩きつける能力が高い選手です。また、メンタリティーも先述したように1対1で強さを発揮するタイプでセットプレーでは大きな武器となります。ディフェンダーながら攻撃での貢献度が非常に高い選手です。

森重真人の今後について

Jリーグ有数のセンターバックとしてのキャリアを形成してきた森重真人選手の今後のキャリアについて考えてみました。

FC東京は次世代へバトンタッチを考える時期

FC東京へ2009年に移籍してから12年目となりすっかりチームの顔となっています。FC東京は長谷川健太監督が長期政権となっていて、森重真人選手も絶大な信頼を置かれています。長谷川体制の終了とともに若手世代への交代の必要に迫られる可能性があり、そのタイミングでプレーヤーとして試合出場数を減らしながら若手のアドバイザー的な役割を引き受け、その後FC東京で指導者の道に進むか、プレーヤーとして必要とされるチームへ移籍するか難しい決断はありそうですね。

日本代表への招集は年齢的に厳しいか。

ザッケローニ監督時代から長年、Jリーグファンから代表待望論が多かった森重真人選手ですが、近年は冨安健洋選手の台頭によって日本代表へ招集すべきという声はあまり聞かなくなりました。年齢的にもカタールワールドカップが最後のワールドカップとなるでしょうが、若手世代のセンターバックは優秀な選手が多いのでなかなか可能性は高くないですね。現状では日本代表に選出されてもおかしくないパフォーマンスをクラブで維持しています。

移籍情報、契約更新

FC東京での年俸は8000万円と推定され今年で34歳の選手で選手として最盛期を迎えており、この先パフォーマンスは時間の問題で下り坂になることを考えると、元ブラジル代表ブルーノ・ウヴィニ選手、東京オリンピック世代の渡辺剛選手を擁するFC東京は放出を考えても不思議ではないですね。今後、年俸を減額して残留してFC東京で引退するか、他のチームに移るかを迫られるタイミングがあるでしょう。今のところ移籍の噂はありません。