横浜の攻撃的サッカーの新境地!扇原貴宏が輝きを取り戻した理由

横浜F・マリノスではキャプテンの一人としてチームを支え、15年ぶりリーグ優勝に貢献したのが扇原貴宏選手です。若くからロンドン五輪代表の不動のレギュラーに君臨するなど注目されてきました。その一方で結果の出ない時期に苦しみながら、不退転の決意で移籍した横浜FMで再びその才能を開花させています。彼が元から持っていた類まれなるパスセンスを生かしたプレースタイルともに、新たに掴んだプレーの特徴を解説していきます。左利きの大型ボランチとして早くから注目。セレッソ大阪の下部組織で育ち、1歳上の山口蛍選手と組んだダブルボランチはそのまま五輪代表でもともに中盤を支え、日本の4位入賞に大きく貢献しました。その後、早くから日本代表にも選ばれ、将来を嘱望される選手となりました。左足から見せる正確なサイドチェンジ、ロングキックが最大の武器。高さもあり、粘り強い守備を見せるイケメンボランチです。

扇原貴宏のプロフィール

 

生年月日 1991年10月5日
国籍 日本
出身 大阪府
身長 185㎝
体重 74㎏
利き足
ポジション MF
背番号 6
タイトル J1リーグ優勝(2019年)
ロンドン五輪4位入賞(2012年)
SNSアカウント Twitter:https://twitter.com/takahiro_6666
Instagram https://www.instagram.com/takahiro_ohgihara_official

扇原貴宏の経歴

セレッソ大阪を愛し、セレッソ大阪に愛された扇原貴宏。

小学生からセレッソ大好き! プロ入り前3年生から下部組織でもまれる

扇原選手が生まれ育った堺市は大阪府の南部にあり、セレッソ大阪のお膝元。他の多くの少年と同じように身近なセレッソのファンになったという扇原選手は小学3年生からセレッソ大阪が運営するスクールに通うようになります。レベルが高く、強いチームともたくさん試合ができたことがよかったといいます。

順調に、U-15、U-18とステップアップしていきます。大型で左利きでセンターバックとして重宝され、1歳上の選手たちとプレーすることも多かったようです。高校は初芝立命館高校に通っていましたが、高校ではなくセレッソ一筋でサッカーに取り組んでいました。

セレッソ大阪念願のプロ入り、セレッソ大阪の下部組織出身者は強者揃い

18歳のときに、トップチーム昇格が発表されプロ入りを果たしました。当時、レヴィー・クルピ監督の意向で、それまでのセンターバックからボランチへと転向します。この年、チームは過去最高の3位に食い込んで、初のACL出場権も獲得しました。チームとしても強かったのですが、当時のセレッソ下部組織出身者は歴史に残る陣容です。

2歳上…柿谷曜一朗(名古屋)

1歳上…山口蛍(神戸)

同級生…永井龍(広島)

1歳下…杉本健勇(浦和)

3歳下…南野拓実(サウサンプトン)

下部組織ではないものの、21歳の香川真司や、20歳の清武弘嗣がいたころ。日本トップレベルの若き才能が集まっていました。

扇原選手の1年目、腫瘍摘出の手術を受けたこともあり、リハビリに長く時間を費やし、公式戦の出場はありませんでした。

ロンドン五輪代表の栄光と涙、日本代表にも選出

迎えたプロ2年目、背番号2になった扇原選手はベンチ入りするもなかなかリーグ戦には出場できませんでした。3月、東日本大震災の直後に行われたウズベキスタン戦でロンドン五輪予選を戦うメンバーに選ばれます。ここからコンスタントに、代表に名を連ねて定着していきます。

ダブルボランチにセレッソの盟友である山口選手とともにレギュラーを掴むと、チームでもシーズン後半には出番を増やし10試合出場、4得点を記録しました。

2012年のロンドン五輪で、日本は44年ぶりのベスト4進出を成し遂げ、扇原選手はほぼ全試合に先発しました。しかしメダル獲得のかかった準決勝メキシコ戦では、扇原選手が自陣深くで相手にボールを奪われ、そのまま決勝点をあげられてしまうという痛恨のミスを犯してしまったのでした。中心選手としてチームの躍進を支えたという自負と、敗戦につながる責任という苦い記憶とともにロンドン五輪は幕を閉じます。

その経験を生かして、セレッソでも監督の信頼を得て、確固たるレギュラーの地位を築いたうえに、2013年は日本代表にも初めて選出されました。

初めての移籍。名古屋グランパスでの挫折

転機となったのは2016年です。前年にセレッソはJ2に降格し、さらに1年でのJ1リーグ復帰を逃していました。大型補強を行う中、扇原選手は出場機会を失い、夏には名古屋グランパスへの完全移籍を決断します。しかし、そこで待っていたのは移籍後わずか2試合目で腰椎を骨折するという大怪我でした。そのままシーズンを棒に振ってしまい、失意とともに移籍1年目を終えます。

「なんのために移籍したのか」と後悔する扇原選手のもとに届いたのは、横浜F・マリノスからのオファー。J2に降格してしまった名古屋に何も残せなかった思いとともに、失いかけていた自信を取り戻したいと移籍を決断したのです。

横浜F・マリノス移籍で再び輝きを取り戻した

セレッソ、名古屋で取り戻せなかった輝きをすぐに取り戻せたわけではありません。試合勘も失っていた中で、取り組んだのは徹底的な走り込みやフィジカルトレーニングでした。

開幕当初はベンチ入りメンバーに入るかどうかという立ち位置でしたが1か月後ころより出番を与えられます。中町公祐、喜田拓也といったレギュラーを争う選手が怪我で離脱したこともありましたが、扇原選手の鋭い出足、強い球際でのプレーがチームに安定をもたらしたのも確かです。もとからの持ち味である、早くて正確なロングパスというプレースタイルも健在で、チームに欠かせない中心選手になっていきました。

2019年には、喜田、天野純とともにキャプテンに就任します。積極的にチームメイトとコミュニケーションを取り、チーム内の雰囲気をよくしてくれる選手です。プレーでもリーグ25試合に出場し、喜田とコンビを組むダブルボランチは攻守にわたってチームの勝利に貢献します。

そして最終節、扇原選手自身は警告の累積による出場停止処分を受けて出場できませんでしたが、マリノスは15年ぶりのリーグ優勝。扇原選手にとってプロ入り後初めてのタイトル獲得という瞬間でした。

2021年シーズンで在籍5年目を迎えますが、今年もコンスタントに27試合以上出場すれば、セレッソ時代のリーグ戦出場試合数を超えることになります。

扇原貴宏のプレースタイル・特徴

扇原貴宏のキックで局面を打開した、そんなプレーは少なくない。扇原貴宏魅力にどこよりも詳しく解説する。

卓越したパスセンスを生かしたプレースタイルで観客を魅了

扇原選手の最大の魅力は左足のロングキックの正確さです。サイドチェンジ、大きく局面を変える1本の長いパスは、若いころから彼の持ち味でした。しかも糸を引くような鋭く早いボールはもちろん、滞空時間を長くしパスを受ける味方FWが悠々と落下地点に入れるような球筋も変幻自在。そんな質の高いパスが中盤の底から出てくるのだから対戦相手は脅威です。「扇原に前を向かせるな」と相手チームが鋭いプレスで対策を打つのは当然のことでした。

ピッチの中では人柄が変わる?  粘り強い守備も持ち味

もともとプロ入り前の本職はセンターバックで、対人守備は強い扇原選手です。プロ入り直後にパスセンスを買われて、現在のボランチに主戦場を移しました。長い手足を使って対峙した相手からボールを奪う力に優れています。また普段は温和な性格ですが、ピッチにひとたび入ると、一気に人格がファイターに変わるとも言われていて、相手とぶつかり合う場面でも一歩もひきません。

長年指摘されていたフィジカル面の課題と判断力

一方で、高身長でサイズに恵まれているにもかかわらず扇原選手の課題と言われていたのはフィジカル面です。ボランチの選手が当たり負けしてしまい、ボールを失うと一気に失点のピンチになります。ロンドン五輪の準決勝で痛恨のプレーとなったのも、扇原選手が前を向こうとした瞬間を狙われたものでした。巧いのにどこか弱さが同居しているという批判も受けていました。扇原選手が移籍した当時の横浜FMは長年の堅守速攻サッカーから、攻撃的でボールを保持し続けるサッカーへの脱皮を図っていた時期です。シンプルにロングパスを蹴る扇原選手には不利だったと言えるでしょう。しかし結果的に彼はこれをきっかけに飛躍します。

たどりついた新たな攻撃型プレースタイル-磨きあげたターンと勇気

球際の強さをどう身に着けられるか。加入した横浜FMではフィジカル面を鍛えて、求められていた前を向くプレーに磨きをかけます。ここでボールを取られたら失点と隣り合わせですが扇原選手が前を向ければ大きなチャンスメイクになります。

五輪の苦い記憶がよみがえったことも多数あったと言います。そんな過去の失敗を克服するために、彼は人一倍、ターンの練習をし、失敗を恐れない強い勇気を体得したのです。さらにこれまでならば長くて正確なパスを送って「終わり」だったのが、より相手ゴールに近いポジションで攻撃に絡むことが激増しました。それもチームで求められる役割を必死に実行したためです。いわゆる3列目の選手が果敢にペナルティエリアに侵入してきてラストパスのお膳立てをするのです。20代後半にして、大きくプレースタイルが進化したのです。

マリノスケ? タカノスケ? ピッチ外でも人気抜群

2019年からはチームキャプテンにも任命され、ピッチのまとめ役としても奔走します。その結果が終盤での圧倒的な強さを発揮しての逆転優勝でした。プロ入り10年を超える扇原選手にとっても初めてつかんだタイトルでした。

もともと甘いマスクで女性サポから絶大な人気を誇るほか、チームマスコットである「マリノスケ」にそっくりというウワサからも人気が急上昇しています。

2020年はコロナの影響で超過密日程となる中で、リーグ戦出場試合数はチームトップの31試合で、出場時間数もチーム2位(トップは喜田拓也選手)となり、柱として活躍していました。卓越したセンスがありながら、努力を重ねて弱点を克服した扇原選手のますますの活躍が期待されます。

扇原貴宏の今後について

成長著しいイケメンボランチ扇原貴宏の今後に迫る。

横浜F・マリノスについて

今季で加入して5年目を迎え、横浜FMに欠かせない選手となりました。もともとチームに対する忠誠心が高い選手で、ファンサービスにも熱心です。キャプテンも任せられる強い責任感の持ち主であり、同じキャプテンを務める喜田拓也選手との信頼関係は強いものがあります。

移籍などの情報

まだしばらくは横浜FMに在籍するものと予想されていますが、大阪出身、大阪育ちの経歴から、古巣セレッソに対する愛情も深いものがあります。ひょっとすると晩年は再び…という願いもひそかにあるのかもしれません。正月休みに、インスタグラムに「大好きなメンバー!」とコメントを添えて、柿谷曜一朗、山口蛍、杉本健勇との4人で写った写真を投稿しました。今も、セレッソ時代の選手と強いきずなで結ばれていることをうかがわせています。