サンフレッチェ広島のバンディエラ青山敏弘の経歴・プレースタイル!

2004年のプロデビュー以来、サンフレッチェ広島一筋のバンディエラ・青山敏弘選手を紹介します。北京オリンピック世代で度重なる膝の大怪我を乗り越えながらいまだに第一線で活躍中。サンフレッチェ広島の攻守の心臓です。青山敏弘選手は、一発のロングパスで展開をがらりと変えたりアシストをしたり、日本では希少価値が高いロングキックの精度が高いゲームメイカーでミドルシュートも強力なものを持っていて過去には、約63mのロングシュートを決めた経験があります。危機察知能力にも優れ守備面でもチームに貢献できるサンフレッチェ広島になくてはならないボランチです。

青山敏弘のプロフィール

 

生年月日 1986年2月22日
国籍 日本
出身 岡山県倉敷市連島町
身長 174㎝
体重 75㎏
利き足
ポジション MF
背番号 6
タイトル 個人タイトル
JリーグMVP:1回(2015年)
Jリーグベストイレブン:3回(2012年、2013年、2015年)
JリーグチャンピオンシップMVP:1回(2015年)
J1最優秀ゴール賞:1回(2015年)
Jリーグ・優秀選手賞:2回(2015年、2018年)
SNSアカウント https://www.instagram.com/aoyama.6_official/

青山敏弘の経歴

2021年2月で35歳を迎える青山敏弘の幼少期から今に至るまで!

生い立ち

岡山県倉敷市の連島地区育ち。小学1年生の時、地元クラブチーム川鉄SSでサッカーを始める。強豪クラブチーム・ハジャスFCの1期生となります。高校は名門岡山作陽高校に進学。2年生の2002年からボランチでレギュラーとして活躍。2002年11月10日、高校選手権岡山県予選決勝・対水島工業高校戦で、Vゴールとなるはずのシュートを放ったが、誤審で最終的にノーゴールと判定され、全国大会を逃しています。2003年にはチームの中心選手となり活躍。全国大会に出場したものの青森山田高校に敗れています。

サンフレッチェ広島

2004年、サンフレッチェ広島に入団するも出場機会には恵まれず2年目の2005年5月22日、サテライトリーグ対ヴィッセル神戸戦にて左膝前十字靭帯を断裂しシーズンを棒に振ります。転機となったのはプロ入り3年目にミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任。のちにJリーグ通算200勝を達成する名将にボランチで起用され、以降レギュラーに定着しています。2012年、森保一監督に交代しても中心選手として活躍し広島のJ1初優勝に貢献。自身初のJリーグベストイレブンに選出。2013年J1リーグ連覇を達成。2014年からキャプテンを務め、2015年に再びJ1優勝。自身初となるJリーグMVPを受賞しています。

日本代表

2013年7月、東アジアカップのメンバーとして日本代表に初選出された。7月21日の中国戦で代表初出場を果たした。2014年5月、2014 FIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出された。本大会ではグループリーグ第3戦コロンビア戦のみ出場、スタメンで起用されたが途中交代に終わっています。ザッケローニ体制で青山敏弘選手は戦力外扱いでしたが、遠藤保仁選手と長谷部誠選手が怪我を抱え本調子で無かったことから、最終メンバーに滑り込みましたが、いきなり第3戦でスタメン起用は厳しかったですね。

2018年5月、キリンチャレンジカップ対ガーナ戦のメンバーに選出。ポスト遠藤保仁が見つからない西野japanで再びワールドカップ直前で白羽の矢が立ち3年ぶりの代表招集となる予定だったものの右膝の怪我により辞退。同年8月に広島でも指揮を執った森保一体制の初陣のメンバーに選出され、9月11日のキリンチャレンジカップ対コスタリカ戦ではキャプテンとして出場。

2019年1月、AFCアジアカップ2019のメンバーに選出され、グループリーグ第3戦のウズベキスタン戦でキャプテンマークを巻いてフル出場したものの、大会途中に膝の怪我のため途中離脱。

森保体制の初期にサンフレッチェ広島時代の信頼関係でチームマネジメントに貢献したものの、膝の怪我は治りましたが、遠藤航選手など若手選手の台頭もあり、年齢的に今後招集されるかは分かりません。

青山敏弘のプレースタイル・特徴

サンフレッチェ広島で長年ボランチで出場し続ける青山敏弘のすごさの秘密に迫る。

H3中盤のエンジン

ミハイロ・ペトロヴィッチ監督から「エンジン」と称された若手時代はダブルボランチを組んだ森崎和幸選手にゲームメイクを任せて豊富な運動量で上下動する中盤のダイナモでした。ひざの故障や加齢、森崎和幸選手の離脱・引退の影響で運動量は減少してきていますが、ポジショニングやゲームメイク能力が上がりベテランらしい老獪なプレースタイルへと変貌しています。

インターセプトの名手

サッカーデータサイトFOOTBALLLABのデータではボール奪取ポイントが2020年14位、2018年10位、2017年8位を記録しています。体格に恵まれている訳でもなくひざの故障を抱えながらプレーしているにもかかわらずボール奪取できるのは読みが鋭くポジショニングが巧みだからでしょう。危機察知能力の高さを活かした守備力は年を重ねるごとに増している印象です。

弾丸ミドルシュート

ペナルティーエリア外から放つ強力なミドルシュートも武器です。正確なロングフィードを蹴ることができるので強いキックを自由に蹴りこなす能力に優れ、ボランチながらJリーグ通算23得点を記録しています。過去には63メートルの超ロングシュートを決めたこともあります。63メートルはハーフウェーラインより手前で放たれたロングシュートはノーバウンドでキーパーの頭の上を越えてゴールネットに突き刺さりました。

キャプテンシー

森保一監督が日本代表に就任して、まず精神的支柱として頼ったのが青山敏弘選手でした。年齢的に

カタールワールドカップは難しいのになぜ選出するのかという批判もありましたが、チームを軌道に乗せるうえで青山敏弘選手のキャプテンシーが不可欠と判断したからでしょう。

森保一監督だけではなく横内昭展監督(現日本代表コーチ)、ヤン・ヨンソン監督、城福浩監督と森保以降のサンフレッチェ広島指揮官が青山敏弘選手を主将に指名していることが、キャプテンシーの証明です。

広島愛と神対応

青山敏弘選手は高校時代から将来を嘱望されたわけではなく、サンフレッチェ広島で成長を遂げて日本代表にまで登りつめ、何度怪我をしてもチームは見捨てることはなかったため、サンフレッチェ広島に加入してから移籍話すら聞こえてきません。

また、サポーターからの評判も素晴らしく、サインを断らりません。神対応ぶりは有名で、青山敏弘選手の魅力にやられたサンフレッチェサポーターは数え切れません。

青山敏弘の今後について

サンフレッチェ広島のバンディエラ・青山敏弘の今後は、いかに。

サンフレッチェ広島について

青山敏弘選手も34歳となりキャプテンも佐々木翔に譲ったためキャリアの終盤でどれだけチームに貢献できるかという時期でサンフレッチェ広島も青山敏弘選手の代役をそろそろ見つける必要が出てくるでしょう。とはいえJリーグ通算400試合を超える出場記録を持つ選手の代わりを見つけるのは苦労するでしょうね。2024年に新スタジアムが開業予定なので、それまではサンフレッチェ広島でプレーしていて欲しいです。

日本代表について

森保japanでの役割はアジアカップまでで終わったのか、アジアカップ以降の招集はありません。新型コロナの影響で海外組中心のメンバー選考を余儀なくされ招集されないのかは分かりませんが、代表に招集されるに値するパフォーマンスを2020年シーズンはしていたと思います。ただし、若手選手が台頭しているのも事実です。

移籍などの情報

青山敏弘選手の年俸は推定6000万円で移籍の情報はありません。サンフレッチェ広島で戦力にならなくなる時期が来たときに引退か、カテゴリーを落として現役を続行するかを迫られるでしょうが、しばらくはサンフレッチェ広島としては必要な戦力として手放さないでしょう。